Chronus ~運命ときの牢獄 ストーリー

【古時計】 2022年 牢獄跡

 目が慣れると、意外に明るく思えた。
地下とはいえ、先程から通ってきた通路は奥に深いが、それほど下ってはいない。
狭い通路とその壁は、手掘りの鉱山を思わせる。燭台はあったが、灯りはない。
 一度歩みを止めた。まだ奥があるようだ。前傾させた上半身のまま、前方へ目を凝らした。すると、微かな反射物の光を、目の端で捉えたように思った。その正体を確認しようと、再び歩みを進めた途端、直立できるほどの空間が目の前に広がった。
「牢獄…」
反射物は、鉄格子の一部だった。錆が血痕を思わせ、足元の水気が血だまりに見える。腐食し、何本かの鉄格子が天井から抜け落ちている。また他の何本かは、途中から折れてなくなり、廃墟となった牢獄は、本来の機能を完全に失っている。地面に転がる、大きな西洋製の錠前につまずきながら、破れた鉄格子をくぐって中へと踏み入った。
 造られた目的は、更生させるためのものではなく、監禁するためのものだったのだろう。どう見ても、この国の法務が管轄する“場所”でないことは、明らかだ。
 暗闇に、完全に目が慣れた。ゆっくりと、あたりの様子を窺った。
錯乱した囚人が残したであろう苦悶の爪痕が、目に入った。それらは時折、祈りを表す謎めいた呪文のように、汚れた壁面に深く彫り綴られていた。服も寝具も、あるいは食糧も、想像しただけでも牢獄の中で最も粗悪な環境だったに違いない。ただ、この暗く地中に取り残された孤独と、世の中との完全たる隔絶が、恐怖といえるほどに絶望感を放っている。
 そんな中で、ひときわ謎めいたものに、目がとまった。
「これが…?」

「そうだ」
 突然の声に驚いて、古時計に触れかけた指先が、反動で跳ね上がる。言葉にならない声を発して後ろを振り返れば、そこには誰もいない。
「その時計を、直してほしいのだ」
 どこからか、続けて語り掛けてくる。
さっきの老人の声であることは間違いないが、姿がない。
「あんた、一体だれなんだ?どこにいる!」
「誰だか、そのうち分かる」
老人のこだまする声に、何故か手足が硬直する。もがけばもがくほど、より締め付けられる感覚がはっきりとわかる。鎖で縛られた囚人とは、こういうことを言うのかも知れない。
「その時計は、かつてここの囚人が密かに持っていたものだ。それには、呪われた運命(とき)が宿っている。時計を直し、再び命を吹き込めば、時空の狭間に取り残された真実が明かされる」
 企みを含んだような老人の声が、暗い牢獄跡に響き渡った。
 依頼は、ただの時計の修理だったはずだ。全く理解ができないこの状況で、一体自分に何をさせようというのか。今になって、ようやく危機的な恐怖を感じ始めた自分に、腹が立った。

※このストーリーはフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、
実在のものとは関係ありません。