【プロローグ】2055年 牢獄
年老いた囚人は、薄汚れた毛布を頭から被り、隅でうずくまっている。
そして、最後の息を長くついて、絶えた。
握りしめていたのか、生命が抜けた手から、写真が一枚はらりと落ちた。
殺人犯として、今まで囚われてきた。
しかし、40年以上も続けた無実の訴えは、結局誰にも届くことはなかった。
ふと見れば、壊れた懐中時計の秒針が、割れた風防ガラスの中で僅かに震えている。
「・・・戻ろうか」
【信者と犯人】2014年5月 クロノスタシス
夜の11時を過ぎれば、いつもは閉ざされている教祖の部屋のドアが、今夜に限っては開いていた。
横たわる教祖の前に、フードを被った男の姿が見える。
ズボンのポケットに何かを収め、肩で大きく息を吐いた。
その様子を、背後から伺っていた信者は、迷わず傍らの火かき棒に手を伸ばし、フードもろとも男の後頭部を切り裂いた。
※
右の側頭部から首筋にかけて、大きな切創を負ったが、致命傷ではなかった。
教団の信者から追われることは、分かっている。
早くこの力を開放し、我が手にしなければならない。
そして、時計工房へ訪れた。
【タイムリープ】2016年8月 牢獄
2年前の6月、時計工房を出た先の路地で捕まり、そのまま教団が所有する地下牢獄へ連行された。
そぎ削られる自身の命が、日々細くなっている。
時空の神力が実在することが分かった。しかも、この日本で。
その瞬間から、興味は欲望へと急変した。その力を、なんとしても我がものとしたかった。
しかし、今のこの状況は何なのだ!?
自分は、魂を売り飛ばしてしまった…こんなもののために!
たたきつけられた時計の風防が、割れた。ガラス片が、僅かに輝きながら四方に飛び散った。
ガラス片がゆっくりと空中を移動していく。そして、暗闇がホワイトアウトするような、不思議な光に包まれた。
※
気づけば、時計工房の前に、立っていた。
2014年5月7日…教祖を殺した3日後だ。
タイムリープ…?今なら、逃げきれるかもしれない。
「あぁ…、アトリエの壁掛け時計が止まってしまってね。明日、修理にきてくれないか?」
【依頼】2022年 指定場所
2月の終わりだが、ひどい寒さだった。
長らく、クロックメーカー(時計技師)を放棄していたが、突然、老人男性から、古い時計の修理を頼まれた。
老人が指定した通り、日時を合わせてここに来たが、誰もいない。
もと来たけもの道を戻ろうとした時、風に揺れる茂みの奥に立つ老人と、目が合った。
老人の背中を追って茂みの中に踏み入ったが、気づけば、老人の姿が消えていた。
この奥に・・・時計があるというのか。
【古時計】2022年 牢獄跡
「牢獄・・・」
今でこそ廃墟となり、牢獄本来の機能は失っているが、造られた目的は、更生させるためのものではなく、監禁するためのものだったのだろう。
暗闇に、完全に目が慣れた。
そんな中で、ひときわ謎めいたものに、目がとまった。
「これが・・・?」
「そうだ」
突然の声に驚いて、後ろを振り返れば、そこには誰もいない。
「その時計を、直してほしいのだ」
どこからか、続けて語り掛けてくる。
「あんた、一体誰なんだ?どこにいる!」
「誰だか、そのうち分かる」
「その時計は、かつてここの囚人が密かに持っていたものだ。それには、呪われた運命(とき)が宿っている。再び命を吹き込み、時空の狭間に取り残された真実を救い出すのだ!」
企みを含んだような老人の声が、暗い牢獄跡に響き渡った。
※このストーリーはフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、
実在のものとは関係ありません。